Ⅱ部-11 <フランス絶対王政>17世紀~

フランスは、17世紀
「絶対王政」=朕(ちん)は国家なり

ルイ14世が宣言したと言われており、最高国務会議,顧問会議を主宰し,国内のいかなる独立的権力も容認せず,行政,統帥,外交の全権を掌握したが,さらに,高等法院の権威が王の権威に対立するものと考えられるかぎり,国家に悪影響を生ぜしめるとして,高等法院を自己の権威のもとに屈服させました。

 

まさに、絶対王政

国民は国は我が物と言わんばかりの主張であり、権限を持っていました。

ルイ14世は1643年に即位し、ヴェルサイユ宮殿の建築など、王政だからこそできた美しき物が現在も見ることが出来、現在の観光産業に大きく寄与していると言えるでしょう。

 

また、食の都パリと呼ばれるようになったのも、この絶対王政時代に宮廷料理人として料理の質が大きく向上したとも言われます。飲み物でも、ルイ14世の主治医がブルゴーニュワインを健康に良いという事で勧め、それをお気に召した国王によって、ブルゴーニュワインが大きく広がったとも言われています。このブルゴーニュワインが現在世界中で最も高価なワインと言われ、後に「ロマネ・コンティ」を産出する畑になる、ヴォーヌロマネ村にある・サンヴィヴァン修道院が保有するワインでした。※DRC(ドメーヌ・ロマネ・コンティ)のロマネサンヴィヴァンは2018年現在、30-50万円程度、年号によっては100万円近くするものも。生産本数が極々わずかである為、その価値は向上し続けています。

ここで少しワインの歴史を!

ワインをお好きな方もたくさんいらっしゃるかと思います。それは飲み物としてもそうですが、ワイン投資として保有している方も多くいらっしゃるかと思います。その投資的価値の高いものとして、高級ワインの代名詞と言うと“ボルドーワイン”です。フランスの南西部の大西洋からジロンド川に沿った地域のワインです。味の特徴とすると“カベルネソーヴィニヨン”という強いブドウの品種を中心に熟成期間が何十年も持つようなもので、様々なブドウの品種を掛け合わせて、広大な土地で大量に生産されています。有名なのが5代シャトー(Chラトゥール、Chラフィットロートシルト、Chムートンロートシルト、Chマルゴー、Chオーブリオン)ですね。現在では、各シャトー共に畑に面してお城のような建物があり、観光スポットとしても有名です。※写真はシャトーマルゴー
名前の通り、19世紀後半からロートシルト=Rothschild=ロスチャイルドがボルドー有数の畑を購入し、現在の名がついていますが、元々ボルドーはその地理的関係(=大きなジロンド川)から船で輸送することが容易であった為、イギリスへ輸出されていた歴史を持ちます。そして、その後ロスチャイルド等の資本家が大量に生産し、イギリスを始めにその後、ブランディングしたワインを世界中に高値で販売していきます=ビジネス

 

一方、前述のルイ14世が愛飲していたブルゴーニュワイン。ここはフランスの内陸、ブルボン王朝の前はハプスブルグ帝国時代、ブルゴーニュ公が支配をしており、ボルドーよりも北側。そして赤はピノノワール、白はシャルドネという単一品種でのみ生産されております。また元々王家が所有する土地の畑であり、起伏があり、限られた良質な土地、そして前述の通り、修道院たちが神に奉げるものとして生産していたものです。その土地にはブドウの古木が生える根の先には1億年以上前のジュラ紀の地層がある場所もあり、まさに地球の歴史を吸い取ったブドウが育つということになります。その一つ一つ小さな畑に、小さな生産者、オーナー自らが畑の状態を管理し、ブドウを摘み、ワインを生産していきます。
ブドウの品種は単一品種であり、混合が出来ないのでそのブドウの出来栄えがそのままワインの出来栄えに反映される為、
丹精込めて作られます=ザ・職人仕事

さて、それではどちらのワインが美味しいでしょうか!?
美味しさは個人の主観で良いかと思いますが、これらの歴史を知っているのと知らないのでは、またその味も捉え方も変わるのも面白いかと思います。

 

いずれにせよ、様々な美しき現在のフランスの基礎を作ったと言われる時代です。
しかし、国民は国王の為に働くわけですから(勿論市民はワインなど飲めません)、経済発展を遂げるはずがありません。
かたや、スペイン、ポルトガルは大航海時代以降で世界に羽ばたき、オランダは海軍の力と共に金融国家として発展、イギリスも中央銀行まで作り、民主資本主義国家として大きく変化を遂げている真っただ中でした。
それを逆行する絶対王政・・・。
そして、1689年から始まる第二次英仏戦争。ただでさえ国家財政に苦しんでいた国家は、国民に更なる重税を課します。重税でも事足りず、1720年にはミシシッピーバブルという、国家が国民の富を収奪するという事が起きます。詳しくはこちら

 国民は、そのマイナスバブルが積もって積もって1789年のフランス革命と導かれていきます。

そして、その革命は一つの秘密結社によるものでした。次号に続く・・・

 

【まとめ】
「フランス絶対王政」の時代を、マネー経済という視点で見ると・・・

  • 「絶対王政」下での王の私利私欲によって、諸外国との経済発展の差は広がり、増税を課しながら、国民からのマイナスバブルが溜まっていった⇒市民革命につながる

  • 国家が資金繰りに困ると、国民からその富を強制的に奪う策を、法律という武器を使って強行する=ミシシッピーバブル が起きた

 

⇒次(Ⅱ部-12 イギリス大英帝国への道 17世紀~(クロムウェル~ウィリアムⅢ世))に続く