Ⅱ部-12 イギリス大英帝国への道 17世紀~(クロムウェル~ウィリアムⅢ世)

ここからは、歴代のイギリス王の変遷と共に、マネーの流れを見ていきたいと思います。

オリバークロムェル(1649-1658)

大航海時代の1558-1603年に即位していたエリザベス1世を継いでジェームズ1世、チャールズ1世を経て、クロムウェルによる市民革命が起こります。=ピューリタン革命

この当時ジェントリと言われる地主たちが勢力をつけていた一人で、軍人でもあり、政治家でもありました。絶対主義の王の権力を破った市民革命でしたが、権力を握ってからは独裁制となった為に、国民からすると王がクロムウェルに変わっただけというように見えていたでしょう。その象徴でもあるように、彼は貨幣を鋳造します。

王室の国王ではない人間が、鋳造したのは彼くらいではないかと思われます。そして、この時代にしては立体感、デザイン性が優れているとの評価が高くコレクターの間では人気が高いのも特徴です。

その後、クロムウェルの死後、1660年にチャールズⅡ世が王政復古します。

チャールズⅡ世(1660-1685)

彼は、その王の権力を十分に発揮し、それまで通貨が安定しなかった混迷期を脱する為に、「ギニー」という良質な金貨を鋳造することになります=
ギニー通貨革命

その前後のイギリス史を見ていくと、この通貨の統一が国家の信用と経済を発展させる大きなきっかけになった事が見て取れます。

しかし、国家の足元は、金融国家として世界の覇権を握っていたオランダとの英蘭戦争の真っ只中でした。1662年から始まり、3度の大きな戦争がありましたが、3度ともイギリス艦隊は勝利をおさめます。これは、<ネーデルランドの発展>でも記述しましたが、オランダが軍事予算を疎かにしていた事、逆にイギリスは国をあげての戦争をしていた事が一つの要因になっていたかと思います。

いずれにせよ、この英蘭戦争でオランダ⇒イギリスに覇権が移っていくきっかけになっていきます。

1685年のチャールズ2世の死後、

ジェームズⅡ世(1685-1688)

(c) Government Art Collection; Supplied by The Public Catalogue Foundation

スコットランドからのジェームズ2世を経て、

 

 

1688年にオランダから、ウィリアム(オランダ人)とメアリー夫人(イギリス人)が名誉革命でイングランドの王として共同統治します。

 

ウィリアム&メアリー(1689-1694) ウィリアムⅢ世(-1702)

前述の通り、オランダはその当時、金融国家として世界の覇権を握っていました。その金融社会を仕組みを作ったのはユダヤ人です。ウィリアム&メアリーはそのユダヤ人と共にイングランドに来ていました。

そして、そのユダヤ人たちによって
世界初の中央銀行=イングランド中央銀行1694年に出来ることとなります。

その当時、英蘭戦争が終了したばかりでしたが、今度は(第二次)英仏100年戦争に突入していました。

フランスとの戦争の戦費を調達するのに、資本家、銀行家から国債を発行して資金調達に努めますが、当時の戦費は(戦時下)国家予算の7割とも言われるほどの資金が必要でしたので、国王、議会は非常に苦労します。それを解決したのが、このイングランド中央銀行でした。

史実には、120万ポンドの資本(株)で、それに利子を付けて貸出してよいと言われていましたが、その創設責任者であったウィリアム・パターソンが記者会見でこんな事を言ってしまいます。

BDFH58 WILLIAM PATERSON – one of the founders of the Bank of England

 

「銀行はカネというカネから利益を得ており、
そのカネも皆 無から作ったものだ」

 

ん!?実際にはそのイングランド中央銀行には“金(キン)”はなかったのでは!?と思わせるような発言でした。この後、彼は失踪します。その後、イングランド中央銀行は、中央銀行として、イングランド紙幣を発行できる権限を持ち、国債を買取り、国王の戦費調達に大きな功績をあげていくことになります。そして、このイングランド中央銀行の提案をしたのは、スコットランド人で銀行家のウィリアムパターソン。
それを承認したのは国王であるウィリアム&メアリーです。
そして、それを指南したと思えるのが周りにいたユダヤ人であり、それがイングランド中央銀行の株主であると思われます。そう、イングランド中央銀行は株式会社です。国王の支配下でも、議会(政府)の支配下でもありません。※中央銀行の仕組みは別途記述していきます

イングランド中央銀行博物館に
掲示されている出資者リスト↓

↑1700年発行の紙幣

 

 

また、このウィリアムパターソン、ウィリアム(のちのⅢ世)はフリーメイソンという秘密結社で繋がっていたという話があります。この当時まだグランドロッジは無かったものの、ヨーロッパ各国で権力者たちの繋がりとして多数活動していた時代になります。“フリーメイソン”については正確に詳細に別途述していきたいと思います。

いずれにしても、これでイングランドは、戦費を調達するのに、このイングランド中央銀行と言う大きな武器を保有することになりました。

現在、イングランド中央銀行博物館に入ると、この銀行を承認したウィリアム3世とメアリー夫人の大きな肖像画が出迎えてくれます。そして、その出資した株主やその後のイングランド中央銀行の功績が演出されています。
そして、この5ギニー金貨たちも陳列されています。


 

ちなみに、メアリー夫人が無くなってから、ウィリアムⅢ世が一人国王として統治しますが、その時に鋳造された1701年のみの発行の5ギニー金貨がこちら

ギニー時代で一番出来栄えが良かったと言われる通称“ファインワークス”
まだ電気もガスも、蒸気機関もなかった時代に出来た立体感は、まさに芸術品と言える逸品として評価されています。

 

【まとめ】

「イギリス大英帝国への道 17世紀~(クロムウェル~ウィリアムⅢ世)」の時代を、マネー経済という視点で見ると・・・

  • 王政復古したチャールズⅡ世は、その権力を活用して良質なギニー金貨を鋳造、流通させることで経済基盤を整備した=ギニー通貨革命

  • 戦費調達の為に、世界初イングランド中央銀行が創設され、イギリスのマネタイズの大きな武器となった