第一章-5 ユダヤ人たちが作った金融の仕組みがイギリスへ

◆ユダヤ人たちが作った金融の仕組みがイギリスへ

このオランダで出来上がった金融の基礎的な仕組みが、1688年~1689年にイギリスに渡る事となります。

「名誉革命」です。

歴史の教科書で“やったなぁ”と思いだしていただければと思いますが、教科書的に書くとつまらないのですが、マネーの歴史風に描くと世界の大転換を迎えた出来事であったと言えると思います。それは、オランダのウィリアム公がイングランドらやってきたメアリーと婚姻関係を結んだ後、オランダ対イングランド(英蘭)戦争に終止符を打つように、イギリスに船に乗ってやっていきます。カトリックのジェームズ二世は国外に逃げ、血を流さずに革命を迎えたという事で名誉革命と言われます。そして、この船に乗ってオランダからやってきた人たちの中には勿論ユダヤ人たちも多く含まれていました。

トーベイ港に降り立つ人々
ウィリアム公とブリタニア(イギリスの象徴)

このユダヤ人達が、今度はイングランドで金融国家を作り上げていく事になります。

1694年、表向きは英仏戦争の戦費調達の為となっていますが、イングランド中央銀行が設立されます。これが世界初の中央銀行です。最も現在の様な中央銀行の役割になっていくのはもう少し後の話ですが、この中央銀行が出来る事で、国王と議会とで国債発行=お金を生み出すことが出来るようになっていきます。
表向きは120万ポンドの金貨をイングランド中央銀行に預けることで、その数倍の預かり書=紙幣を発行することが出来るというものでした。実施はこの倍率がどうだったかは不明です。よって想像するに国王はある程度までならイギリスのお金を作り出すことが出来る“通貨発行権”という権力を得たことになります。

そして、ユダヤ人たちはロンドンのシティに金融の仕組みをオランダから移転させていく事になり、現在の金融シティが出来上がっていく事になります。