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Ⅱ部-9:スペインの衰退、イングランド大英帝国への礎、金融国家ネーデルランド16世紀~/「イングランド大英帝国への礎」

<イングランド大英帝国への礎>

ヘンリー8世(1509-1547)

16世紀前半、ヘンリー8世の統治の時代、ヨーロッパ中で起きていた宗教戦争に対して、イングランドは大きな変革を遂げることになります。(ちなみにこの時期はまだイギリスではなく、イングランドです)キリスト教ローマ教会からの脱退です。

ここには、ヘンリー8世の思惑が見て取れます。

当時、イングランドはヘンリー8世(在位:1509-1547年)の即位で絶対王政が確立し、それまでの英仏100年戦争(1339年-1453年)そして内戦(バラ戦争:1455-1485年)等によって、国が国としての機能を持てずにいましたが、ヘンリー7世がチューダー王朝を開きその後、ヘンリー8世にて王政が確立されようやく安定化して来る時代になります。

とは言うものの、国の経済までも安定化していたわけではなく、国家は債務に追われていました。ヘンリー8世はそんな中、目を付けたのがこの「ローマ教会からの脱退」と「悪鋳貨の発行」です。

まず、ローマ教会からの脱退というのは、その当時キリスト教徒は収入の10%を教会に寄付(納税)していた、そこ!に目を付け、意図的にローマ教皇から破門されるように仕組み、英国国教会を立ち上げ、イングランドの教会の全ての財産を没収しました。

そして、貨幣としては悪鋳貨の発行です。悪鋳貨の発行は、その名の通りで、この時代に発行されていた金貨銀貨の金銀含有量を意図的に下げていくという、まさにローマ帝国で各皇帝が国家政策として実施していたことをヘンリー8世も行う事で、財政を賄おうとしていました。

 

その後、エドワード6世(在位:1547-1543年)→メアリー1世(在位:1553-1558年)→エリザベス1世(在位:1558-1603年)となっていきます。

    ※ウィキペディアより

 

ここに“ジェーングレイ”という女王が9日間だけ存在していました。エドワード6世の後ですが、メアリー1世の策略で、わずか16歳で斬首刑にされてしまいました。この歴史を切り取った絵が有名なこちらの絵画になります。
ちなみに、メアリー1世はその残虐さから、ブラッディメアリーとも呼ばれました。そのメアリー1世は、スペイン、神聖ローマ帝国の皇帝フェリペ2世と結婚し、一時イングランドを共同統治します。

エリザベスⅠ世(1558-1603)

そんなメアリー1世が亡くなり、現在にも多く語り継がれる女王エリザベス1世が即位します。

よく語られるのは、このヘンリー8世が、エリザベスの母でありヘンリー8世の嫁であるアン-ブーリンを処刑、姉であるメアリーからは、ロンドン塔に幽閉されつつも、女王になると宗教弾圧をせず、良質な貨幣に戻し、国民を愛し、そしてスペイン艦隊を破るといった功績もあって、非常に人気があります。生涯独身であり(“処女王バージン”当時アメリカの植民地化したバージニアはここから由来)国と結婚をしたという、まさに国を代表する女王であったと言われています。

しかし、実体としては・・・

何故そのような寛大なる政策が取れたのでしょうか?

そこには、裏の黒歴史と言われる、海賊船による金銀の略奪行為がありました。

1、国家承認の海賊による金銀の略奪

2、国家承認による海賊による奴隷貿易

です。

当時、奴隷貿易によるアメリカ大陸からの金銀の獲得を、ローマ教皇に許可を得ていたスペインとポルトガル。それらの商船を各国の海賊たちは襲い奪っていましたが、その行為をある意味認め、イギリス国家公認で実行させました。

それにより、当時イギリスの国家予算20万ポンドに対して、1回の海賊行為で60万ポンド、イギリス王室には30万ポンドが入ったと言われており、莫大な富を確保出来たことで、前述の政策を実行できたと言えます。

当時の海賊、奴隷などの倫理観と、今現在のそれは同じものではありませんので、比較しがたいところはありますが、表向きの政策と裏向きの実行と、顕著に歴史として表れている事象がこのエリザベス1世の政策とも言えると思います。

それら海賊行為等で、海外諸国との交渉が上手かった(のらりくらり)と言われ、国内税制も税率を低めるなど、一見すると非常に余裕を持った政策を実施していますが、それも裏で獲得していた莫大な金銀というマネーがあったからこそとも言えるかと思います。

いずれにせよ、このエリザベス1世の時代に理想とも言える王政が確立され、その後海運力を生かして貿易、植民地建設と小国イングランドが世界に出ていくまさに大英帝国へと進化する礎を築いたと言えるでしょう。そして、現在の国家の在り方として非常に参考になる国王であり体制であったと感じます。

ちなみに・・・このエリザベス1世の施策の話を20代の社会人に話をしたところ、「怖~い(><)エリザベス悪い人~!」という反応が返ってきました。しかし、「でも、そのお陰で自分たちの税金が軽減されて、手取りが10万円上がったらどうする?」と言うと、「エリザベスやっぱり良い人~」ですって(笑)

 

以下、参考までに・・・

日本では1600年関ケ原の戦いが・・・徳川家康の勝利はエリザベス1世の密命だった!?

https://www.youtube.com/watch?v=AIksNZxDMnc

 

【まとめ】

「エリザベス1世」の時代を、マネー経済という視点で見ると・・・

  • 海賊を国家承認し、スペイン商船を略奪していったことで、莫大な富を得ていた。

  • 国と結婚をしたと言われ国民を愛し、国を愛した通称“ベス”と愛着をもって国民から呼ばれる人気の女王でしたが、実際のところは税金が安かったから!?イギリス史上最も税金が安かったと言われています。それはそうですよね、国家予算の1.5倍の金銀が1回の海賊行為によってもたらされていたのですから・・・。

⇒次(Ⅱ部-10:スペインの衰退、イングランド大英帝国への礎、金融国家ネーデルランド16世紀~/「ネーデルランドの発展」)に続く