Ⅱ部-5:大航海時代から神聖ローマ帝国繁栄の15-16世紀/「大航海時代」その1

<大航海時代>

御存知のコロンブスを筆頭に人類はヨーロッパから新大陸アメリカへの航海を始め、国家バランス、経済、マネーの流れも大きな動きを見せるようになっていきます。その一つがスぺイン・ポルトガルによるアメリカ大陸からの金銀のヨーロッパへの流入です。

この大航海時代に新大陸アメリカを発見したスペインは、ポルトガルとアメリカ大陸領土を二分します。

 

※赤:スペイン 青:ポルトガル

その命令がローマ教皇によるものでありました。まだまだこの時代もローマ教皇の権力が強かったことが見て取れますね。

そして、その量が物凄く、有名なのは1545年に発見された南米ペルーポトシ銀山を始めとする銀でこの時代160万トン=当時ヨーロッパの3倍もの量が流入しました。金も18万トン、ヨーロッパ全体の1/5程度が流入しました。

それまで、ヨーロッパの銀は南ドイツのフッガー家が支配管理する銀が中心で3万キロ/年でしたが、新大陸から流入した銀は20万キロ/年を越えていました。

その結果、

※世界経済全史より

1500年代前半から1600年にかけて約50年で2倍~3倍に物価が高騰しました=インフレ

そこで、経済は混乱していきます。とよく書かれていますが・・・
確かに半世紀近く物価が上がり続けるという現象は、そうそう無いことです。
しかし、この物価上昇は、平均すると1年間で3~4%程度のインフレ率です。
考えてみると、今現在日本ではデフレで、インフレ目標率2%と言われています。※全く達成する気配すら感じられませんが・・・
現代の経済では5%未満であれば、適正なのではないか、との意見もある中で、この3~4%程度のインフレの何が問題なのか?と少々疑問を持ちます。

この疑問を解決することが、重商主義によるマネタイズと、信用創造によるマネタイズの違いだと理解すると分かりやすいと思います。国の国富=金や銀などの鉱物やそれによって作られた貨幣という「重商主義」に対して、現在の「信用創造」は無から作り出されるマネーであり、それがマネーストック=国富(実際には国債などの借金が含まれますが)になります。
まさに、この時期は重商主義です。
現在のように、お金が無から生み出される仕組みになっていないので、インフレが進む=国富の価値がどんどんと減っていく事になります。勿論市民の保有しているお金=金貨銀貨の価値も下がることになります。
よって、この50年間で2~3倍になった物価=貨幣の価値は1/2~1/3になったという事=貨幣に対する信用が落ち、混乱することで、実体経済が鈍化したり崩壊したりすることになります。⇒古代ローマ帝国のハイパーインフレと同じ
よって、ヨーロッパは1500年代後半~1600年代初頭経済が混乱するようになっていきます。
と同時に、この事がヨーロッパ中に重商主義について考えさせられた結果、その約1世紀後からユダヤ人によって始まる「信用創造」に繋がっていきます。

 

さて、これだけの量の金銀がたった2国の冨に・・・

黄金の国スペイン・ポルトガルと言われる所以ですが、実際にはその2国の経済や市民、国家にその富はもたらされることはありませんでした。その理由は、次章の「ハプスブルグ家」以降に・・・

この“金銀のヨーロッパへの流入”というと、単なるお金の流れとして見られますが、アメリカ大陸の先住民インディアンへの殺戮、そして金銀の収奪は酷いもので、この200年でインディアンの90%が亡くなり(病気も含め)、その金銀獲得及びプランテーション労働で、アフリカから連れられたアフリカ人奴隷の死者は数千万人と言われています。

恐らく、この2国の虐殺は当時の世界の人口の半数近くを占めるのではないか?と思われるくらいの量であり、特にアフリカの奴隷については、善悪の境目が無いというよりも、アフリカ人=人 ではなく、動物と同じような捉え方をされていたと理解をしなければならないほど、人としての扱いを受けてはいませんでした。それもそこに携わっていた関係者だけではなく、奴隷文化のあるヨーロッパ諸国の人間であれば理解できると思いますが、全ての国民がそれを理解していたということです。

ちなみに、日本人は奴隷文化が無いので、少々理解に苦しみます。現在の召使いの扱い方が日本人は下手と言われることがありますが、そこからきているかと思います。さて、いずれにしてもマネーは経済の血と言われますが、この頃その名の通りのほんものの“血”が多く流れていた事実を忘れてはいけないと強く思います。

今現在のアメリカ大陸のブラジル、ペルー、北アメリカ大陸の南部(ミシシッピーやジョージア州他)に黒人比率が多いのは、このアフリカから連れられた奴隷の子孫であり、(黒)歴史を赤裸々に物語ります・・・。

そして、その大航海を支えた船はスペインの無敵艦隊と呼ばれ1588年のアルマダの海戦(対イングランド・ネーデルランド)で敗戦するまで大西洋はスペインの支配下でありました。そしてこの頃大量の金を入手したスペインは、金貨を大量に発行し、ヨーロッパ各国で使用される国際貨幣となっていました。=海も経済もスペインが支配をしていたという事です。

※ここ!詳しく説明します!

元々、13世紀以降イタリア・フィレンツェで鋳造された良質な金貨「フローリン金貨」が標準金貨として使われていましたが、金の枯渇から、「ターラー銀貨」がそれに取って代わり16世紀以降広くヨーロッパで使われるようになり、英語では「ダラー=ドル」と呼ばれ、現在のアメリカドルの語源になっています。

そのターラー銀貨に取って代わったのが、スペインの良質な銀貨でした。スペインは、1535年にメキシコに鋳造所を建設し、スペインのレアル銀貨の8倍の大きさの8レアル銀貨を鋳造し始めます。純度90%のこの良質な銀貨が、スペイン(ハプルブルグ帝国 ※次章参考)他、世界中で使われる国際通貨となったのです。

実は、地球規模で流通した銀貨はこれだけです。アレキサンダー帝国よりもローマ帝国よりもモンゴル帝国よりも、広く世界中で使われ、大英帝国以降には各植民地毎に通貨が異なります。

※実際には£基軸通貨、$基軸通貨となりますが、その通貨自体が世界中で流通していたのは、このスペインの8レアル銀貨だけです

その総額は35億5000万ドルという膨大な量です。

ちなみに、1783年にイギリスから独立したアメリカは、イギリスのポンドではなく、このスペインドルをもとにUS$貨幣として鋳造を開始します。その初年号が1794年でありその1$銀貨がこちらです。

これが有名な2013年に1Million dollar(11億円)以上の値を付けた試鋳銀貨です。

そして、このスペインを支配していたのがハプスブルグ家であり、ドイツ、ネーデルランド他にその富をもたらしていました。よって、この時代に発掘されていた金銀の生産地である西アフリカ、カリブ海一帯、アメリカ大陸、そしてドイツの銀のほとんどをハプスブルグ家が独占していくようになります。

ちなみに、この頃(実際は18世紀頃)に金貨などが運ばれていた船が沈没し、財宝が現在アメリカのフロリダ沖で発掘されており、近年日本のTV番組でも紹介されていたのが、“ロイヤルコイン”と呼ばれるものです。しかし海底に眠っていたもので擦れが多く状態も良いものが無い為に、そこまで人気があるものでもないのではないかと見ています。且つ強欲なアメリカ人が1億等の価格を提示しております・・・。

その2に続きます。