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Ⅱ部-2:十字軍(11世紀後半~13世紀)

十字軍(11世紀後半~13世紀)

<キリスト教の普及全盛期>


この頃は、ヨーロッパ各地でキリスト教発展の時期で教会・大聖堂が続々と建築されるなどキリスト教普及の全盛期でした。

「キリスト教」それは皆様ご存知の通り、現在も世界最大の信者を誇る宗教で、イエス・キリストの死後=紀元後にその信仰は広がっていきますが、それは弾圧と信仰の繰り返しでもあります。

そもそも宗教とは何なのか?

これは我々日本人にとっては、ほぼ無宗教である為、どうしても分かりづらいところがあります。しかし、なぜ約20億人という人々が今もなお、信仰しているのか!?

そして、このキリスト教を巡り、皇帝(国王)/教皇(教会)/国民 の間で、様々な“思惑”そして“虐殺”が行われていくようになります。

この十字軍の遠征のきっかけは、“キリスト教の聖地の奪還”です。しかし、その裏側では人々の“欲”による争いの様相を呈していきます。

「宗教」というテーマでは、また別途記述していきたいと思いますが、宗教に由来する民族の争いと交流によって、人間社会が大きく変化した時代であると言えるでしょう。

このように、この時代はキリスト教普及の全盛期。

しかし一方では教会の権威が強くなり、教皇と皇帝の争いが始まるようになります。有名なのはカノッサの屈辱(1077年)でありますが、いずれにせよキリスト教の頂点であるローマ教皇の権威が非常に強かった時代です。

ちなみに、ローマ教皇は現在266代 フランシスコで、初代紀元後33年頃のペトロから約2000年続いています。

 

そんな中、キリスト教の聖地であるエルサレムをイスラム諸国から奪還する為に始まった争いが、約200年間続く十字軍の遠征

※“世界の歴史まっぷ”より

<東西貿易とヨーロッパ諸国経済の活性化>

これをきっかけにヨーロッパ諸国の近代世界化へと進んでいく事になります。紀元前300年前のアレキサンダー帝国がもたらしたヘレニズム文化の中世版とでも言うでしょうか。時代と交流諸国が多いので抜粋しますが、経済(マネー)的に最も重要なのは、イタリアを中心としたヨーロッパ諸国、地政学的にも寒い地域が多く、きわめて貧しい食卓事情でした。

主食はパン(麦)/豚肉(半分腐って)が中心(味付けは胡椒のみ)/野菜はほぼ無 ※トマト・ジャガイモはまだ存在しない

一方で、お隣イスラム世界や、オスマントルコ帝国等が支配していた現トルコ~イスラエル(エルサレム)~エジプトの辺りでは暖かな気候の影響もあり、豊かな食生活を営んでいました。

それは中国(宋・元)・インド・他アジア等から流入する貴重品「香辛料」(ナツメグなど(インドネシアのみ))が、もたらしたものでした。フビライ・ハンのモンゴル帝国による経済交流も東西を大きく繋げましたね。

この頃の交流を、シルクロード=その名の通り絹の道=中国から良質な絹製品の西アジア・ヨーロッパへの流入。

地図では黄色い道がシルクロード。青い道は船で交流した道。そしてスパイスロードと呼ばれる交流もその道を通っていました。

この道を通って、十字軍のヨーロッパ諸国は「香辛料(スパイス)」を求めて購入していました。

その他にも、綿織物、宝石、そしてルネサンスの三大発明と言われる「活版印刷」「羅針盤」「火薬」。

これらは、中国で生まれ前述の道を通ってヨーロッパに渡っていきます。

12世紀頃は、イタリア ジェノヴァを中心としながら、西アジア(エジプト他)との交易により、貧しいヨーロッパの食卓事情は大きく改善され、経済も空前の好景気に入ります。次章のルネサンス(文化的)と比較されますが、この頃を経済面で「12世紀のルネサンス」と呼ばれます。

この頃、金を多く保有していたのは、このローマ教皇のいるイタリアでした。これは10世紀末の前述のイスラム帝国にイタリア産の良質な毛織物を輸出していたことで、良質な金貨を入手していたことによります。=「貿易黒字」

歴史(本ブログ)を読み進めて頂けると分かりますが、この当時の国富は金銀。貿易収支が黒字=自国経済が活発=自国生産力が高いことが、非常に重要です。

貿易赤字=自国経済が貧相であるということは、国のマネーが少なくなる=自国経済がもっと悪くなるという事を意味します。

ですから、「イタリアで良質な毛織物を輸出」これだけ聞くと、“ふ~ん”と流し読みをしてしまうところですが、この毛織物を良質な状態で加工する技術を持ち、輸出をしていたという「供給」が、周辺諸国の「需要」を補い、経済に非常に大きく寄与しています。

このマネー(経済)の動きが、十字軍の遠征を200年近くも続けられた(=イタリア諸国からの援助)ということでしょう。

このように、歴史に描かれるストーリー、出来事というものは、ほとんどがこうしたマネーの動きがあるからこそです。

この「十字軍の11-13世紀」は物流の動きが活発で産業も栄え、好景気でしたのでお金の流れは活発でした。しかし、貨幣自体はあまり積極的に鋳造されていなかった印象を持ちます。

それは、皇帝、教皇、領主などの権威が絶対的なものでは無かった為、国家としての「制度」を率いるまでの権威権力が無かったことを、物語っているかと思われます。

そう「コイン」とはその当時の「国家」としての権力が強い時代でないと鋳造されないということです。

コイン=国家の強さ ともいわれる所以です。

また、この頃から徐々に農民等の人口が増え、商業が活性化(=経済の活性化)するにつれて、流通する貨幣が不足=金銀が不足することとなっていきます。

特に14、15世紀は地金飢饉とも言われるほど枯渇していきます。14世紀はヨーロッパ全体で黒死病(ペスト)によって人口が1/2~1/3になった(ヨーロッパで2000-3000万人が死亡)事象があったものの、この金銀の枯渇は中世ヨーロッパの経済を鈍化させた要因の一つとも言えると思います。

 

【まとめ】

「十字軍の遠征」という時代を、マネー経済という視点で見ると・・・

  • ヨーロッパ諸国の食改善に対する「需要」に対してイスラム世界を中心とした諸アジアからの“香辛料”「供給」があり、そのきっかけになったのが十字軍遠征という西から東への民族の移動であった。

  • ヨーロッパ諸国で200年もの長い間イタリア諸国が支援できたのは、良質なイタリア産毛織物の「輸出」でありイタリアの「貿易黒字」

  • 東と西の交流による「需要と供給の活性化」=「経済の活性化」が起きたが、それを介するマネー=金貨銀貨の供給量が少なくなり、経済発展のブレーキをかけることになってしまう。

 

十字軍のコイン ポール・エディスコレクション

1253年発行 表面には救世主の誕生から1253年、父と息子と精霊の意が描かれています。

裏面には、私たちの健康と、生命と復活を受け、私たちが救われ赦された人からの救い主である主イエスの十字架を讃えますと銘記されています。

次(Ⅱ部-3:ルネサンスから英仏100年戦争の14世紀/「ルネサンス」)に続く